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長崎のチャイナタウン-唐人屋敷から新地へ-

  • 今日   4/5(日)
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  • 4/6(月)
    晴れのち曇り
    23  13
  • 4/7(火)
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  • 4/8(水)
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  • 4/9(木)
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    21  11
  • 4/10(金)
    雨時々曇り
    23  18
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コース詳細

  • ①  長崎バス新地ターミナル
    長崎バス新地ターミナル
  • ②  湊公園
    ランタンフェスティバルのメイン会場。公園内の中華門は、中国で作られ組み立てられた伝統的建築様式の石造り表門(中国名牌楼)と裏門(同牌坊)の2つ。
    湊公園
  • ③  れい星門
    各地の孔子廟の大門にあり、日本の鳥居の原型といわれています。
    れい星門
  • ④  町屋
    明治維新前後の古い町屋・商家が残っています。出島復元の際にモデルとなりました。
    町屋
  • ⑤  みさき道
    脇岬の観音寺へ参拝する為の道。観音道とも呼ばれていました。唐人屋敷から野母崎観音寺へ向かって28kmの道程です。
    みさき道
  • ⑥  唐人屋敷跡
    江戸時代中期まで中国の人たちは市中に散在していました。やがて密輸やキリスト教浸透の恐れがあったので、ここに移住させました。唐人屋敷は元禄2年完成で広さは9373坪。内部には長屋が約20件立ち並び、一度に約3000人の人を収容できる場所でした。入口には番所が設けられ無用の出入りを検査しました。明治元年には門限が廃止され、唐人屋敷は解放されましたが、明治3年の火災で建物等はほとんど焼失しました。
    唐人屋敷跡
  • ⑦  中華料亭 陶々亭
    黒塗りの本格派中華料理亭。落ち着いた土蔵造り。
    中華料亭 陶々亭
  • ⑧  森橋
    明治25年(1892)完成。唐人屋敷の堀に架かる石造りアーチ橋。
    森橋
  • ⑨  天后堂
    【市指定史跡】元文元年(1736)、南京地方の人々が航海安全を祈願し、天后聖母を祀って建立。寛政2年(1790)修復。現在の建物は、明治39年(1906)、全国の華僑の寄付で建てられました。関帝も祀っているので、別名「関帝堂」とも呼ばれています。ちなみに天后の徳は限りないそうで、お参りすると悟りの岸に登ることができるそうです。
    天后堂
  • ⑩  観音堂
    【市指定史跡】元文2年(1737)に建立されたものと考えられ、焼失後天明7年(1787)に再建。その後、数回の改修を経て大正6年(1917)鄭永超によって改築。堂内には観世音菩薩と関帝が安置されています。入口のアーチの石門は唐人屋敷当時のものと言われています。
    観音堂
  • ⑪  福建会館
    【市指定有形文化財:正門・天后堂】明治元年(1868)福建省泉州出身者が八?会所を創設した際に建設。明治21年(1888)焼失。明治30年(1897)再建、「福建会館」と改称されました。唐人屋敷時代の聖人堂の跡といわれています。会館本館の建物は原爆により倒壊し、現存するのは正門と天后堂。以前は華僑の結婚式が行われていました。併設されている「さるく展示室」に唐人屋敷出土品などを公開展示しています。
    福建会館
  • ⑫  孫中山銅像
    大正2年(1913)中国の革命家・孫文の長崎の公式訪問の際、福建会館にて華僑主催の盛大な午餐会が開かれました。また、日本と中国をまたいで活躍していた孫文は、長崎に計9回訪ねており、このことを記念して、平成13年(2001)に上海市から長崎へ寄贈された「孫中山銅像」が設置されています。「中山」は革命成功後の号。
    孫中山銅像
  • ⑬  土神堂
    【市指定史跡】元禄4年(1691)唐船の船主達の願いで建立。天明4年(1784)の火事で焼失したが、唐三か寺により復旧。現在の建物は昭和52年(1977)に復元工事を行ったものです。江戸時代、2月の土神祭には唐人踊りや龍踊り(蛇踊り)、音曲などが披露されていました。
    土神堂
  • ⑭  広馬場商店街入口
    中華風の門がお出迎え!
    広馬場商店街入口
  • ⑮  新地蔵所護岸の遺構
    元禄期(1699-1702)に築かれたもの。ホテル建設で発掘。粗加工した砂岩を揃えて積み上げています。
    新地蔵所護岸の遺構
  • ⑯  新地蔵跡
    元禄11年(1698)「末次」の大火により、樺島町や浦五島町の土蔵に保管していた唐船20隻分の貨物が焼失。元禄15年(1702)唐人貨物を火災から守るために人工島を造成し、中国貿易の品を保管する荷蔵を建てました。内部には12棟60戸の土蔵などがありました。安政6年(1859)の開港御、唐人屋敷に在留していた中国人は、新地蔵等へ進出しました。
    新地蔵跡
  • ⑰  長崎新地中華街
    日本最古の新地中華街は、横浜・神戸と並ぶ日本三大中華街のひとつ。明治維新後、唐人屋敷や新地蔵所が廃止された為、在留中国人は港に近い蔵所跡に移住し、中華街を形成しました。現在、約40店舗が軒を並べ多くの観光客で賑わう観光名所です。東西南北合わせて約250mの十字路には、中国福建省の協力による石畳が敷かれています。
    長崎新地中華街
  • ⑱  中華門
    新地中華街には四つの中華門があります。商店街振興組合の人たちが横浜・神戸と並ぶ中華街に発展するよう願いを込めて、本場中国福州市から私財を取り寄せ、職人を招いて築造しました。南門、北門、東門は高さ、幅とも9メートル。西門は高さ9メートル幅4メートル。昭和61年4月に完成。
    中華門
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