【東海道五十三次 往路4】神奈川宿-保土ヶ谷宿を歩こう!
- 徳川家康が関ヶ原の戦いで天下を治めた翌年である1601年に東海道を宿場に指定し、旅客や物資の運搬を担当させました。宿場では馬、そして人々の足によって輸送が行われていました。東海道五十三次のはじまりの地である日本橋をスタートし、京都市東山区の三条大橋までの約500km先のゴールを目指します。旅人たちは旅先でその地域の名物である食事を楽しんだり、お土産を購入したり、寄り道をしたりhellip;今も昔も旅を楽しむ人々の心が刻まれているのが東海道五十三次です。神奈川宿は日本橋から数えて3番目の宿場。地域内には神奈川湊があり、旅宿としてだけではなく商家も大盛り上がりでした!今回は神奈川宿から保土ヶ谷宿間を歩きます。TOP写真提供:cyberwonk
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情報提供:NAVITIME
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コース詳細
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- ① 神奈川宿
- このコースのスタート地点です。神奈川宿内の寺院は多くが各国の公使館・大使館・宿舎として使用されていました。神奈川宿の地名が、県や区の名前の由来になっています。
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- ② 三宝寺
- 1597年に建立された浄土宗の寺院。山の中ほどにあり、ガイドパネルも急激な坂道の途中に建てられています。写真提供:flickr/cyberwonk
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- ③ 田中家
- 横浜市最古の料亭とされています。前身は歌川広重が描いた東海道五十三次の神奈川宿の「さくらや」であり、江戸時代から親しまれてきた料亭です。高杉新作や西郷隆盛、そして伊藤博文の御用達のお店で坂本龍馬の妻も働いていた記録が残されています。写真提供:Wikimedia Commons/Aimaimyi
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- ④ 望欣台の碑
- 高島山公園内にある、高島嘉右衛門の功績を称えた石碑。彼は日本初のガス事業やガス灯を灯した人物として有名です。既に1860年代にこれらを事業化していたことから、彼の溢れる才能があり、野心ある活動家であることは想像に難くありません。写真提供:flickr/cyberwonk
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- ⑤ 浅間神社
- 民家の裏から丘に昇ると見えます。横穴式古墳が現存する歴史ある場所。この古墳の穴は富士の人穴として言い伝えられ、源頼朝が仁田四郎忠常に視察を申しつけたりと、昔から富士山岳に通じる穴の神話があります。写真提供:Wikimedia Commons/Hiroyuki0904
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- ⑥ 願成寺
- 高野山真言宗の寺院。1538年に創建され、東国八十八ヵ所霊場(関東八十八ヵ所霊場)で31番目の寺院です。写真提供:Wikimedia Commons/hiroyuki0904
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- ⑦ 橘樹神社
- 鎌倉時代初期に創建された神社で、江戸時代は牛頭天王社と呼ばれ、1921年に現在の橘樹神社となります。写真提供:flickr/ogajud
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- ⑧ 金沢横丁の石碑
- 地域有形民俗文化財で、金沢や鎌倉へ向かう際の分岐点。辻側から「円海山之道」、「かなさわ かまくら 道」、「程ヶ谷の枝道曲がれ梅の花」、「富岡山芋大明神江乃道」の4基があります。写真提供:flickr/cyberwonk
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- ⑨ 旅籠屋(はたご)本金子屋跡
- 江戸時代に旅籠として栄えた場所。明治2年に現在の建物に建て替えがされ、東海道沿いの旅籠の風情を現在でも楽しむことができます。写真提供:flickr/cyberwonk
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- ⑩ 樹源寺
- 日蓮宗の寺院。史劇「頼朝」「上杉謙信」で広く知られるようになった場所でもあります。写真提供:Wikimedia Commons/cyberwonk
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- ⑪ ゑびすや 軽部商店
- 江戸時代は旅籠として営み、現在は酒屋の古道具や歴史的な写真が展示されています。写真提供:flickr/cyberwonk
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- ⑫ 保土ヶ谷宿 終点
- このコースのゴール。【東海道五十三次 往路5】保土ヶ谷宿-戸塚宿のスタート地点になります。
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