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萩・旧松本村コース

  • 情報提供:萩市観光協会
    • 48分
    • 2.4km
    • 377kcal
  • 今日   4/25(木)
    晴れ
    16
    21
    12
  • 4/26(金)
    晴れのち曇り
    24  11
  • 4/27(土)
    曇り時々雨
    21  14
  • 4/28(日)
    曇り時々晴れ
    23  13
  • 4/29(月)
    曇り時々雨
    25  19
  • 4/30(火)
    曇り
    23  17
  • 5/1(水)
    曇り
    18  14
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コース詳細

  • ①  松下村塾
    幕末期に吉田松陰が主宰した私塾。木造瓦葺き平屋建ての50平方メートルほどの小舎で、8畳一室と、後に吉田松陰が増築した4畳半一室、3畳二室、土間一坪、中二階付きの部分から成り、国の史跡に指定されています。講義室だった8畳の部屋には松陰の石膏像と肖像画、机が置いてあります。当時、この地域が松本村と呼ばれていたことから「松下村塾」という名がつけられました。
    松下村塾
  • ②  伊藤博文旧宅
    伊藤博文旧宅に隣接する別邸。明治40年、伊藤博文が東京府下荏原郡大井村(現:東京都品川区)に建てた広大な別邸の一部を移築したもの。明治時代の宮大工伊藤万作の手によって建設され、大広間の鏡天井や離れ座敷の節天井など非常に意匠に優れていたものであった。その往時の面影をよく残す一部の玄関、大広間、離れを解体し、当地へ移築した。建物内にはボランティアガイドが常駐しているので、詳しい施設の説明を聞くこともできる。
    伊藤博文旧宅
  • ③  玉木文之進旧宅
    松下村塾の創立者であり、吉田松陰の叔父である玉木文之進は、文化7年(1810)萩藩士杉七兵衛の三男として生まれ、11歳のときに玉木十右衛門の後を継ぐ。天保13年(1842)松下村塾を開き多くの子弟を教育した。松陰先生が10歳で藩校明倫館の助教授となったときの後見人でもある。
    玉木文之進旧宅
  • ④  吉田松陰誕生地
    松陰は吉田家を継いだ後も両親とともにこの場所に住む。嘉永元(1848)年、一家は松本村清水口に移り、現在の松陰神社境内に生活を移した。現在、誕生地に現存の建物は無いが、大正時代に設置した間取りを示す敷石が残っている。誕生之地の石碑の揮毫は、松下村塾の門下生・山縣有朋によるもの。誕生地は萩市内を一望できる高台にあり、眺めが良い。誕生地そばには、吉田松陰・金子重輔の銅像が建っている。
    吉田松陰誕生地
  • ⑤  吉田松陰墓地
    「松陰二十一回猛士墓」とある墓碑は同月15日に建立。墓前の水盤や花立は、門人や妹たちが名前入りで寄進したもの。当時、松陰は第1級の大罪人であり、その松陰へ対し名前を刻んでの寄進は当時としては勇気のいる行動であった。それだけ松陰が門人たちから慕われていたということが伺える。
    吉田松陰墓地
  • ⑥  東光寺
    毛利吉就が1691(元禄4)年に創建した大照院とならぶ毛利家の菩提寺。3代-11代までの奇数代藩主夫妻が葬られている。重文の総門、大雄宝殿、鐘楼など、中国風の雄大な建築も見ごたえ満点。毎年8月15日に行われる「萩・万灯会」の送り火では、約500基の石灯篭に灯が入り、まさに幽玄の世界が広がります。木立に囲まれた広い境内も趣深く、萩の歴史に思いを馳せるには最適の場所。
    東光寺
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